8/17/98 Bahia report '96

カルナヴァル'96

―バイーア・リポート1 　　　　　　　　　　　井尻博幸

●ブラジル初上陸--星さんと再会

　2月10日から24日の2週間、ワタシとこゆみこはカルナヴァル見物と星さんに会うためブラジルに行ってきました。
　成田からリオまでは、小宮とシブちゃん、トロピカル・ダンサのマーさんの3人と同行。成田→ダラス→サンパウロ→リオと、31時間かけて飛行機を乗り継いで行くわけですが、ブラジルはホンマに遠いっス。リオデジャネイロ国際空港に着き、到着ゲートを出ると星さんが出迎えていてくれました。星さんは我々を見つけると、あの大きな目と口を全開にしてキャーキャー言いながら駆け寄ってきて、こゆみこをグリグリ抱きしめていました。
　星さん、ブラジルでもパワフルです。ひさしぶりに見る星さんは少しスマートになって以前より小柄に見えます。星さんに尋いたところ、昨年日本にいた時は絶好調に太っていて、ブラジルに戻ってからはあまり肉などを食べなくなり、やせたんだそうです。

　小宮達とは空港で別れワタシとこゆみこはパウロさん（星さんの旦那さん）の運転する車で星さんの家に向かいました。このときワタシは飛行機疲れでグッタリしていましたが、パームツリーの立ち並ぶ道路を突っ走りながら遠くにコルコヴァードのキリスト像が見えた時、本当にブラジルに来たことを実感しました。「おお！　コルコヴァードや。ワシ、ホンマにリオに来とるんやんけ、ワッハッハッハッ！」
　空港から1時間30分ほど車を走らせると星さんの家があるバーハ地区に到着します。このあたりは新興住宅地で周りには空き地が沢山あり、道路も舗装されていない部分が残っています。星さんの家はバスルームが4つもあり、裏庭には使用人が住むための離れを建てている途中でした。すごい豪邸です。でも、このくらいの家はブラジルではあたりまえで、普通の中流家庭はこんなもんなんだそうです。星さんの家は海のすぐ近くにあり、歩いて5分くらいでビーチに出られる素晴らしい環境にあります。星さんはDPEの店のオーナーで普段は店には出ず、家で主婦をしながらビーチで日光浴などするという優雅な生活をしています。
　星さんは「太郎」という名前の秋田犬の小犬を飼っていますが、パウロさんに「今度、こゆみことレックスが遊びに来ることになったから」と言ったところ、パウロさんは「レックス？　レックスは犬の名前だ」と言って笑っていたそうです。ブラジルでは「レックス」は犬に付ける名前で、日本で言うと「ポチ」のようなものだそうです。なんちゅうこっちゃ、ワシはポチやったんかい……。そういや、エニオさんと初めて会うた時に名前を尋かれて「レックスです」言うたら、エニオさん不思議そうな顔しとったもんな。これからはブラジル人には本名で自己紹介することにします。
　リオに着いて2日目唐�夜から雨が降りだし、それはリオでも10数年ぶりという豪雨となって交通はマヒし、ワタシ達は星さんの家の近所をサイクリングしたり、近くのショッピング・センターで買い物をしたりしながら過ごしました。

●バイーアに出発――トリオ・エレトリコに乗る

　2月15日、ワタシとこゆみこは一旦リオを離れブラジル第3の都市バイーア州サルヴァドールに向かいました。サルヴァドールまではリオから直線距離で約1100km、直行便の飛行機で約1時間、直行便がない場合は数時間かかります。16世紀にブラジル最初の首都として建設されたサルヴァドールは奴隷売買の集散地となっていた所で、今でもアフロ色が色濃く残っていてリオとはまったく違う雰囲気があります。
　オロドゥンなどに代表されるバイーアのミュージシャンはアシェー・ミュージックと呼ばれる一つのカテゴリーを形成し、サルヴァドールのカルナヴァルは、このアシェー・ミュージックの人気バンドが総出場する一大イヴェントです。
　かつてはブラジル国内でも有数の危険地帯といわれたサルヴァドールですが、近年観光地として開発が進み、今ではすっかり治安も良くなっています。マリコさんいわく「あ～ら、この辺に危ない所なんてないわよ～、オッホッホ～」でした。

　サルヴァドールのカルナヴァルはリオとは違った形で行なわれます。トリオ・エレトリコ（以下トリオに省略）と呼ばれる長さが15mほどもある巨大なトラックの屋根をステージに改造し、この上でバンドが演奏しながら町中をパレードします。
　トリオの後ろには参加料を払ってエントリーした人達とこの人達のためのトイレとバーが付いた補給トラックが続きます。このトリオとエントリーした人達、補給トラックの集団をブロコといい（正確にはちょっと違いますが）、バンダ・メルはブロコ・メル、ダニエラ・メルクリはブロコ・クロコジーロなどと呼びます。パレードの観方には3つの方法があります。

1つめは
自分の好みのブロコにエントリーする方法。参加料を払うとオリジナルのファンタジア（衣装）が支給され、補給トラックで飲み物を飲んだりトイレにも入れます。ブロコ自体は何百人もの警備員によりロープで囲われていて、ファンタジアを着ていない外部の人間はこの中には入れないので安全です。エントリーした人は自由に出入りできます。参加料はブロコにより異なり、安いものでは数千円からありますが、チンバラーダやバンダ・メルなどの海外でも知名度のあるブロコでは2～3万円、一番高いといわれているダニエラ・メルクリが3万2千円でした。

2つめは
観覧席で観る方法。パレードのコースには特設の観覧席が一部設けられています。また、コースに面したホテルやレストランでもこのような席がある所もあります。ここも安全ですが料金は不明です。
3つめは
道端に突っ立って観る方法。これは好きな時に好きなブロコを観ることができますが、スリに狙われたり喧嘩に巻き込まれたりすることがあります。みんな興奮しているうえに酔っ払っていますから喧嘩はしょっちゅう起こり、時には大乱闘になることもあります。また、自分の居場所を確保しないといけないので飲み物も買えず、トイレにも行けず、凄い混雑でもみくちゃにされますが、無料です。

　サルヴァドールにはトリオが80以上あると言われていますがそれぞれパレードのコースが決められていて、有名なバンドのブロコはバーハ（バーハという地名はブラジルには何箇所もあります）とアヴェニーダの2つのコースを日替わりでパレードします。ワタシ達のホテルはバーハにあり、パレードの出発点のすぐ近くでした。バーハは海岸添いにあり景色も最高なので、来年サルヴァドールに行く人にはバーハのホテルがお薦めです。パレードはだいたい夕方5時ころから始まります。
　昼すぎにパレード出発地点に行くとバンダ・メル、チンバラーダ、ダニエラ・メルクリ、バンダ・エヴァ、アラ・ケトゥ、シェイロ・ヂ・アモール、アザ・ヂ・アギアなど、おおゆみこさんが見たら狂喜しそうなバンドのトリオがズラッと並んでいて、これからこれらがパレードするのかと思うとゾクゾクします。そして日が暮れたころ、いよいよパレードが始まります。ワタシ達の目当てはまだ見たことがないダニエラ・メルクリです。
　真っ先にメルクリのトリオの所へ行き、道端に立ってじっと始まるのを待っていると、周りの人々の大歓声と共にメルクリがトリオの上に登場しました。パレードのコースになっているのは片側1車線の狭い道路です。歩道の端に立って観ているとすぐ目の前にメルクリがいます。曲が始まると誰もが踊る踊る、興奮のるつぼと化します。
　最初は遠慮がちに踊っていたこゆみこも次第に調子が出てきました。パワー全開で踊り出すと周りのブラジリアンから「オー！」というどよめきが起こります。東洋人のほとんどいないサルヴァドールでノリまくっている日本人がいること自体驚きだったのかもしれませんが、フルパワーで踊るこゆみこはブラジリアンの中に入っても見劣りしていませんでした。リベヂ・ダンサー恐るべし。

Barra daTijuca R.J.のメトロポリタン劇場まえのカルリーニョス・ブラウンの手形

　この日は混雑がひどくてトリオはなかなか動き出すことができず、そのおかげで30分ほど目の前でメルクリを観ることができました。普通だと、すぐに通り過ぎていってしまうため、せいぜい5分間くらい観ていられればいいほうです。だが、30分でも物足りないワタシ達はメルクリを追っかけていくことにしました。メルクリの乗ったトリオの後を追って少し移動したとたんいっそう混雑がひどくなり、まったく身動きできない状態になりました。
　その瞬間！、ワタシのズボンのポケット全部に誰かの手が入ってきました。あわててその手をはらい退け、そのうちの一人の手を捕まえてよく見ると若い黒人の女の子でした。この娘はワタシの手を強引に振りほどいて逃げてしまいましたが、パレードの混雑に紛れて地元の若いやつらが、遊び半分に他人のポケットを探っているようです。さいわいワタシは何も盗られませんでしたがこゆみこは小銭をスラれていました。
　ワタシ達は貴重品を持っていたため一旦ホテルに戻ったところマリコさんから誘いの電話があり、オロドゥンを観にペロウリーニョ広場まで出かけました。ここではオロドゥンのブロコ・アフロ（大人数のパーカッション奏者が歩いてパレードする）を観ることができました。やはりカルナバルで観るオロドゥンは一味ちがいます。

　実は、ワタシ達がサルヴァドールに来たのはカルナヴァル以外にもう一つ目的がありました。昨年9月にバンダ・メルが来日した際、ワタシは仕事で彼らを取材し、その記事が載っている本を彼らに手渡したかったのです。
　今年のカルナヴァルは前夜際にあたる14日から21日の早朝にかけておこなわれますが、ワタシ達の滞在期間は15日から20日まで、その間何度かメルに会いにいったのですがタイミングが合わずなかなか本を届けることができません。19日になって、やっとアヴェニーダのセテンブロ通りでパレードするメルのトリオを訪ねることができましたが、まだメルのメンバーは誰もいない様子です。トリオから出てきたスタッフらしい人に話しを尋くと（このころにはこゆみこは少しだけポルトガル語がわかるようになっていました）、他のパレードは12時から始まるがメルの出番はずっと後のほうなので、4時にならないとメンバーは来ないというこでした。とりあえずこの人に日本から来たことを説明し本を預けて出直しました。
　午後4時、再び訪れるとさっき応対してくれたスタッフがワタシ達を見つけ、上がってこいと手招きします。トリオの上に登っていくと、いました、メルのリーダーでベーシストのジャイルトンが先ほどスタッフに手渡した本を熱心にながめています。ワタシ達に気が付いたジャイルトンはニッコリ笑って握手を求めてきました。ワタシが本を指差し「ゴストゥ（気に入りましたか？）」と尋くと。親指をグッと突き出し何やら喋っていました。
　何を言っているのか全然わかりませんが、気に入ってくれたようです。ここでジャイルトンと記念撮影。この後、ギタリストのジャクソンやパーカッションのオルランド（この人は日本で会った時タンボリンの叩き方を教えてくれました）、男性ヴォーカルのジョカなど他のメンバーもやってきて一人一人と記念撮影。最後にやってきた女性ヴォーカルのアロベネヂはスタッフから本を見せられると大喜びし、ワタシ達の所まで走ってきました。こゆみこがアロベネヂに「パレードの間もここにいたい」とお願いすると、彼女はスタッフに掛け合ってくれましたが、スタッフの答えは「ナゥン（だめ）」。

　仕方なくワタシ達はお礼を言ってトリオを降りました。ともかく、本も渡せたし、記念写真も撮ったし、ヨカッタヨカッタなどと言いながらパレードが始まるのを待っているとトリオの上からスタッフの一人が手招きします。急いでトリオに登るとスタッフの責任者らしいおじさんが来て「ここにいてもいい」と言いました。「どっひゃー！」と叫んだまま、ワタシ達はあまりの嬉しさに身体が固まってしまいました。バンダ・メルはブラジルではヒット・メーカーであり海外公演も数多くこなしている、いわばスーパー・スターです。そのトリオに乗ってパレードできるなど夢のようでした。「トリオに乗ってパレードした日本人はワシらが初めてちゃうけ！わしら日本一やで、カッカッカッ！！」すっかり舞い上がってこんなことを言っているうちにバンドのリハーサルも終わり、PA、照明のチェックもOK、トリオが動き出しいよいよパレードが始まりました。
　トリオの上から見るカルナヴァルの様子は壮観です。トリオの後にはブロコ・メルのファンタジアを着た1000近い人達が続き、その周りや後も人で埋め尽くされています。このセテンブロ通りだけでなく周囲の通りという通りはすべて人、人、人……バイーア中の人間がここに集まっているんじゃないかと思うほどの数です。周りの建物の窓やベランダ、屋根の上にまで人が溢れ、皆身体を揺らしています。これほど多くの人間が、これほどの熱気を発している光景を今まで見たことはありません。ここにはパレードを見物している人もいません。誰もがパレードに参加し、熱狂しているのです。これがバイーア！　これがサルヴァドールのカルナヴァル！　興奮しまっせー!!

　パレードの間メルのスタッフの人達は本当に親切にしてくれました。ポルトガル語のできないワタシ達にいっしょうけんめい話しかけて、ビールを薦めてくれたり、疲れたらここに座っていいよと言って場所を空けてくれたり、ワタシの超ヘタクソなダンスを拍手しながら誉めてくれたり、底抜けにやさしい人達です。
　さらに、パレードが終わった後、メルのもう一人のギタリストのグットに車でホテルまで送ってもらうというオマケも付きました。こゆみこはメンバーの娘らしい小学生くらいの女の子とすっかり仲良くなって、いろいろダンスを教えてもらっていました。この子はちっちゃいのに凄くダンスが上手く、曲に合わせて楽しそうに踊っていました。こうしてパレードは8時間続き、その間バンドはまったく休むことなく演奏し続け、歌いつづけます。彼らはこれをカルナヴァル中続けているのですから、もの凄いエネルギーです。メルのメンバーやスタッフの人達のおかげで、この夜はワタシ達にとって最高の思い出となりました。

　サルヴァドールでカルナヴァルの凄まじいパワーに興奮し、リオではポン・ジ・アスーカルからの荘f晴らしい景観に感動し、すべてがいい思い出ですが、一番強く心に残っているのは精一杯歓迎してくれた星さん夫妻やサルヴァドールで出会ったやさしい人達です。
　バイーアのアシェー・ミュージックは、私達が日頃リベルダージで練習しているサンバ・エンヘードとはタイプの違う音楽ですが、いわゆるサンバよりポップで聴きやすいので、聴いてみるとブラジル音楽に対する興味がさらに広がるのではないかと思います。興味のある方にはCDをお貸しします。また、サルヴァドールのことが知りたい方にはもっと詳しいことを教えますから尋いてください。

--LIBERDADE NEWS　96年3月号に掲載の『カルナバル'96』より--

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