Vol.4 結婚ブーム

Vol.4 結婚ブーム/基礎知識4 サンバに使う楽器〜パンデイロ

最近、サンバ界は結婚ブーム?である。

サンバ人口が増えてくるにつれ、当然ながらカップルも増えてくる。少し前まではサンバに入れ込んでしまう酔狂な連中はどうにも一般人(?)との接点が減り、縁遠くなってしまう傾向があったのだが、近頃はむしろ、サンバによって出会いの確率が増えるという嬉しい状況にある。

ごくまれに、思い切り勘違いしている男が「エスコーラ(サンバチーム)」に入ってくる。あの挑発的な衣装に身を包んだ(というか、彼らにとっては「脱いじゃってる」ように見える——Vol.2参照)女の子たちとお近づきになりたい一心だ。彼らから見ると、そういう女の子たちは「奔放」なのではなかろうか、という錯覚まであるようだ。ところがあにはからんや、エスコーラの女の子たちはかなりまじめである。ライブハウスなどで踊っているだけならともかく、エスコーラに所属してパレードをやるということになると、集団行動がある程度できる性格でないと難しい。それなりの秩序に従い、ときにはしんどい仕事もこなさなければならない。あまり「奔放」にふるまって人間関係を乱すのも御法度である。

サンバはよく、「ストレス解消」にもってこい、と言われ、それはウソではないが、エスコーラに所属することはヘタをするとそれ自体がストレスの元になるようなことさえある。もっとも、それらを乗り越えて本番のパレードに臨むとき、すべては報われて余りあり、他では味わえない達成感や充実感を感じるのであるが。

そういうわけで、勘違いしてエスコーラに入ってきた男は、あっと言う間に「夢」破れ、去っていくことになる。しかし、そういうことが「第一の目的」ではなく、実際にサンバが(ダンスであれ音楽であれ)好きで参加している人々にとっては、たしかに、趣味を同じくするパートナーに出会えるという余録もついてくるのである。

そして、めでたく「結婚」に至ったカップルは、サンバ界ならではの派手で楽しいパーティの主役になれる。基本的にサンバ人は仲間が多いので、まずパーティの人数がすごくなる。200人ぐらいは普通だ。そして「出し物」もすごい。新郎新婦をダシにしたつまらないゲームなどやっているヒマはない。エスコーラの中にいくつもある小編成のバンドのライブが目白押しだ(もちろん出演料はかからない。新郎新婦自体が出演することも多い)。最近ときどき出現する、他エスコーラにまたがったカップルだと、さらにものすごくなる。出し物の目玉は、両エスコーラの競演ということにあいなるわけで、サンバカーニバルを二人のためにやっているような騒ぎとなる。もちろん、花形ダンサーたちもフル装備の衣装をつけて出演だ。そういうパーティであまりの盛大さに感極まって泣いてしまった新郎もいる(新婦はひたすら満面の笑顔だった)。

新郎新婦の学生時代の友人や会社の同僚など、サンバ界以外からの参加者は目を丸くする。ひときわドレスアップしつつ、少しおどおどした態度でひとかたまりになっている列席者は非サンバ人と思って間違いない。しかしそういう人々にも、人なつこいサンバ人たちの魔手はしのびより(?)…パーティの最後には、ダンスの輪に引きずり込まれた彼らも一緒になって汗をかいて、怪しげなステップで踊り狂っているのだ。

きのうもそういうパーティのひとつがあり、原宿の明るく大きなイタリアレストランを貸し切りにして幸せな空間が出現した。新郎のほうはまだエスコーラに所属していない(近々新婦によって引きずり込まれる予定 *←注:この記述は2001年のもの、2008年現在この新郎はすでに重要メンバーのひとりになっている)が、ボサノバなどブラジル音楽のパンドでギターを弾いている。その新郎自らのバンドはもちろん、友人のビッグバンドも出演し、ゴージャスな雰囲気でパーティは進む。そして最後に、わがエスコーラの、打楽器軍団——その時点ではすでに酔っぱらい集団と化していたが——が登場、迫力あるサンバのリズムに会場は一気に大興奮。そして新婦の仲間であるダンサーたちが色とりどりの羽根を背負って出てくると、興奮はさらに増す。クライマックスは、新婦自身が、真っ白のウェディング・ドレスならぬウェディング・タンガを着て真っ白の羽根に埋もれそうな姿で登場したときである。いつも笑顔が魅カ的な新婦のMちゃんだが、この時は目もくらむほどにその笑顔が輝いていた。

それを見て、「まだこれから」である女性陣は、いつか私も、の思いを新たにしつつ顔を紅潮させる。

しかしそういうロマンチックな感情とはあまり縁がない我らがプレジデンチ氏はそれを見て、
「これは売れるぞ」
と叫んでいた。非サンバ人の結婚式だって、サンバが登場したら絶対に盛り上がる、こんなにパーティを盛り上げる余興は他にない、打楽器隊何人、ダンサー何人でいくら、とパッケージにして営業しよう!

…おいおい、と一瞬鼻白むも、たしかにそれは言えている。目立ちたがりの新郎新婦も多いから、にわかサンバダンサーに仕込んで踊ってもらうのもオプションでいいのではないか、そしたら事前のレクチャーと衣装つきのコースも設定して…と私も一緒になって営業思考になる。

それにしても皆様、いかがでしょう?サンバショーつきのパーティは絶対に、友人たちに長く語り継がれる伝説的なパーティになること請け合いである。ギャラは勉強しまっせ?(いやまじめな話、芸能プロダクションなどに頼んだら10倍はかかるでしょう)

注:ネピア連載時、この項を読んで実際にサンバウエディングを頼んできた「一般人」の方があり、「営業」してきました。

Vol.4 サンバに使う楽器〜パンデイロ

サンバに使う楽器、と言うと…?
けっこう多くの方が「マラカス!」と答えるのではなかろうか。一時流行ったアーケードゲームに「サンバ・デ・アミーゴ」というのがあり、これは画面に出るリズムにあわせてマラカスを振って得点を稼ぐゲームだった。また、パーティ用品売り場で「仮装グッズ」を見ると、たいがい「サンバでゴーゴー」とかいう名称のセットがあり、袖がひらひらになっている衣装と、マラカスが入っている(2008年における注:最近はサンバというとマツケン。仮装グッズ売り場のサンバ関連はバカ殿系一色…)。

しかしあにはからんや、サンバでマラカスは使わないのである。>
サンバデアミーゴとかサンバでゴーゴーを見て、サンバ関係者は苦笑したり爆笑したりしているのだった。
どこでどうまちがっているのか、おそらく、「ラテン音楽」ということで区別がついていないんだろうと思われるが、マラカスを使うのはルンバやマンボである。ちなみに、サンバを「ラテン音楽」と呼ぶのも、関係者は嫌がる人が多い。ラテン音楽はスペイン語圏の中南米音楽であり、唯一のポルトガル語圏であるブラジルの音楽はラテンではないのだ! といきまく人が多いのである。

まあそれはともかく、サンバでマラカスは使わない。それに、これまたそう思っている人が多いと思われるのだが、タンバリンは? これも、使わない、のである。

「でも、サンバでタンバリン使っているの見たことある」
とおっしゃる方もいるだろう。あなたは正しい。少なくともマラカスを使うと思っている人よりは観察カがある。
しかしサンバで使うのは、タンバリンによく似た見た目の、違う楽器である。もっとも、あれを「ブラジルのタンバリン」と言ったところで大きく間違っているわけでもないのだが、あれは「パンデイロ」という楽器なのである。
前置きが長くなったが、今回はこの「パンデイロ」についてちょっとうんちくをば。

たしかに見た目は「タンバリン」に似ている。直径30センチ内外、深さ5センチほどの枠に皮が張ってあり、枠にはジャラジャラ鳴る「ジングル」という金属の円盤がついている。
しかし、私たちが小学校で使ったり、カラオケボックスに置いてあったりするタンバリンと違うのは、そのジングルが、貝を合わせたように内側に向けてあるのである。タンバリンは、ジャラジャラと鳴らすのが身上の楽器なので、大きな音がするようにジングルは背中合わせについている。
パンデイロは、ジングルを鳴らすのがメインではないので、ジングルはあまりジャラジャラしないようになっているのだ。

パンデイロは、片手で持ち、張ってある皮をもう一方の手で叩くことによって奏する。手のひらの、親指の下の盛り上がった部分で上手に叩くと、ぴっくりするほど低く、深い音がでる。
指先のほうで軽く叩くと軽快な刻み音が出せ、ジングルが華やかさを加える。 上手なパンデイロ奏者の演奏を見ると、こんな小さな楽器ひとつからかもし出されているとは信じられないような、多彩で華やかで奥行きの深いリズムに驚くだろう。ドラムセットにも匹敵するほどの複雑なリズムが演奏できるのである。

  サンバは基本が2拍子で、それに「タタルカ・タタルカ」という16分音符の刻みが乗っかってノリを出すリズムである。パンデイロはたったひとつで、その基本の2拍子部分も16分音符の刻み部分も表現できる。バスドラムとスネアを両方合わせたようなものである。少人数のバンドでは、だからこのパンデイロは大活躍だ。ドラムセットを持ち歩かなくても、これだけで十分にノリノリの音楽ができるのだから楽しい。
簡単、とは言えないが、練習次第では十分に叩きこなせる。小さいので持ち運びにも練習にも便利だし、これ一個でスターになれること請け合いである、挑戦してみては?

さて、このパンデイロ、少人数のときには花形だが、大人数のパレードになると困ってしまう。さすがに小さい楽器なので、マイクでもつけなければパレードの中で音を聞かせることは難しい。もともとソロ演奏向きの楽器なので、パンデイロが何十人も揃ったところであまりパレードっぽくはない。
では、パレードではパンデイロは花形の地位を転落!だろうか?
ところがどっこい。パレードでもパンデイロはやっぱり花形の地位を死守している。だが「楽器として」、とは言えないかもしれない。

パレードで音を聞かせることはあきらめたパンデイロ君は、曲芸的なパフォーマンスの小道具としてその地位を確立しているのである。マラバリスタと呼ばれる「軽業師」は、パレード中、パンデイロを指先に乗せて皿回しのようにくるくると回したまま、軽快なステップで踊る。パンデイロを放り投げて後ろ向きにキャッチしたり、背中をくるくると遣うように伝わらせたり、足を使って道に置いたパンデイロを持ち上げてまた指先に乗せたり、と自由自在、パレードでは沿道の子供たちにそれはそれは大人気だ(かつてお正月の「芸能人かくし芸大会」でミスターかくし芸、堺正章が挑戦していたのをご覧になった方もいるかもしれない)。
パンデイロは結局どこでも花形なのである。

ちなみに、最近音楽好きの人々の間で注目されているプラジル音楽のジャンルがある。
「ショー口」と言い、日本で知名度が出てきたのは最近だが、むしろサンバやボサノバより歴史は古く、19世紀からある、いわばブラジルのクラシックのようなものだ。ギターなどの弦楽器やフルートなどの管楽器を中心とした室内器楽曲で、哀愁のある優しいメロディが身上であり、「癒し系」として人気が高まりつつある。この音楽でも、リズムを一手に引き受けるのはパンデイロである。つい先日来日して、TBSの「ニュース23」にも出演した、その名もジョルジーニョ・ド・パンデイロ(もちろんあだ名だが)という老演奏家はこの楽器だけを40年以上演奏し続けているそうだ。

ジョルジーニョ・ド・パンデイロのパンデイロ妙技

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