| 生でしょ,やっぱ! | 2003.1.19 | <おおゆみこサンバ化日記> |
●先日、河口湖に出かけた時「オルゴールの森:美術館」という表示を見かけ、なにげなく立ち寄ってみた。敷地内に足を踏み入れて驚いた。かなり本格的な美しいヨーロッパ調の建物。観光地によくあるチャチなものではない。正月に降ったらしい雪が積もった庭園がさらにいい雰囲気だ。富士山もばっちり見えてラッキー。
●中に入ると、さらに驚く。オルゴールというと、小さな可愛らしいものが真っ先に頭に浮かぶが、エントランスホールで我々を出迎えてくれたのは、R'sスタジオぐらいの大きさのホール全体が音響装置になっているというとんでもないシロモノだった。20世紀初頭、貴族の館のホールなどに設置されたダンスオルガンというもので、本体の高さ5m幅10m。1時間ごとに実際に音を聞かせてくれるのだが、「皆さまが想像されているよりはるかに大きな音がしますので、お心の準備をお願いします」という上品な学芸員のお姉さんの注意にもかかわらず、音が出たら吃驚してしまった。基本的にはパイプやリードで、いわゆるオルガンの音であるが、大太鼓や小太鼓、シンバルなども実際に組み込んであるし、派手で華やかな演奏である。ファサードに麗々しくもFRANCEという大きな飾り文字が、しかも一番目立つ2箇所に掲げてあるのだが、実はベルギー製だという。フランスで修復作業をしたときにその文字が取り付けられたというが、自己主張しすぎじゃないかおフランスさんよ。
●メインの建物には、「大きなのっぽの古時計」位の大きさの、円盤を使った(オートチェンジャー機構までついた!)百年位前のオルゴールがいくつも展示してあり、もちろん音も聞かせてもらえる。2階には、見事な仕掛けのからくり人形つきのものが多数(いちいち説明したいが字数が足りない)。そして、上品で美しいホールがある。ここには、平均して幅2m、高さ3m位の大型自動演奏装置が5台並んでいる。本物のバイオリンとピアノを組み込んであるものもあり、それは構想から完成まで250年もかかったというシロモノだ。それらの装置を、定時になると1〜2台選んで聞かせてくれるのである。
装置による自動演奏に続いて、プラハから呼んだという弦楽四重奏団の生演奏も行われる。これにも感動。とくにドボルザークの「家路」を聞いていたら、我知らず涙が出てきた。
●生演奏には涙しても、機械の演奏には涙しない。・・・が、だからといって、やっぱり生演奏のほうが上等だ、などと簡単に言う気にはなれない。あの巨大オルゴールたちを開発した職人たちの創意工夫、試行錯誤、そして熱情を思えば…。実際、想像以上にすばらしく凝った華やかな演奏を聞かせてくれるのだ。いかにもオルゴール、という感じの音ではない。上述のバイオリンを組み込んである機械は、回転する輪っかが弓の役割をして本物のバイオリンを「弾く」のだが、その回転の速さなども微妙に調整し、弓の引き返しなどのニュアンスも出しているという。自動演奏装置の「楽譜」は鉄の円盤や巻物のような紙などだが、穴があいていて、その穴を読み取ることで、様々な仕掛けが様々に動くようになっている(なにがどうなってどうなるのか実際にはさっぱり分からないが)。コンピュータだってこの延長上にあるんじゃないか、と思った。「穴がある:ない」が情報の基本なのだから。
●いやまったく感動的だった、まこと、お勧めですぞ、1日いても飽きません。 とはいえ。やはりやはり。涙したり、心熱くしたりする力があるのは「生」の演奏だ、とそれもつくづく思う。新年会の練習でバテリアが叩いているのをじっと聞いていたらなんだかジンとした。いや、決して「上手」とは言えないのだが(失礼)、いろんなパートがあり、それぞれの役割を担っていて、それが同時に演奏することでひとつの音楽をつむぎだしていく、という光景がなんだか私にはとりわけ愛しく思えてしまう。去年もおととしも正月には似たようなことを書いた気がするが、ハイテクがどんどん進化して身近になっている時代。250年かけずともコンピュータで音楽が作れる時代。そんな時代に、どこか不器用であっても、人がそれぞれの心を熱くしながら生の音を奏でていく、というのは、とても贅沢で、豊かで、素敵なことなのではないだろうか。