私の立場はいったい?    2001.9 <おおゆみこサンバ化日記>

●アマかプロかを問わず,ものを書きたがる人間には,得てして人付き合いが得意でないタイプが多い。別に偏屈だったり引きこもってしまうほどではないにしても,いわゆる「人見知り」なタイプが多いような気がする。ものを書くということは面と向かってのコミュニケーションの補償手段なのである。かくいう私もご多聞に漏れず人見知りだ。・・・・というと「またまた〜」と言われそうではある。リベジでかくも大きな顔をしてイバっているし,人前でガンガン歌うし,英会話の教師なんて仕事もしているし,そんなヤツが「人見知り」だなんて,おまえ,コトバの意味間違って覚えてないか?
●いや、既に自分の立場がかなり確立している場合はいいのだ。仕事でも,教師として生徒と対する場合には,生徒の年齢や社会的地位がどうあろうと平気である。歌手としての活動ならもちろん,私のやるべきことに疑問の余地はない。リベジでも,新しいメンバーなどに対して私はインフォメー
ション担当などという役割があって,そこを足がかりに接していける。しかし「立場」が曖昧な状況ではとたんにダメになる。英語学校の教室の外で自分の担当以外の生徒さんにはどう接して良いか分からない。ライブでもステージを降りてしまうと、お客さんにどう挨拶して良いかとまどってしまう。 ●先日,来日中のサリを囲んでの夕食会という名目で久しぶりにサッシ・ペレレに行った。我々がはじめからトバしたせいか,他のお客さんたちも最初のステージから踊り出した。ここは勧誘活動を展開せねば。私はニュースを数部手元に持っていた。「あの女の子たち,いいノリしてますよね,ニュース渡してきたらどうですか」と言われたが,自分ではできない。「私だめなのよ,そういうの。渡してきてよ」と浪花ちゃんにお願いした。が,見るとすでにこゆみこや藤井さん,斉藤さんなどがさっさと話しかけているではないか。私としては,ただ感心する。いや,べつにたいそうなことではないのだと思う。わーと一緒に踊って,すっかり盛り上がっているのである。話しかけるのになんの飛躍もない。しかしなぜか私にとってはえらく難しいことなのである。この場合どういう「立場」で私は話しかければいいのだ? そんなことを妙に考えすぎてしまう。話しかけるきっかけのコトバが見つからなくなる。
●知らない人に「話しかけられる」のは嫌ではない。話しかけてさえもらえれば,「立場」について悩むヒマなどなく,とりあえずは相手にとって私がなんらかの位置づけがされたわけで――つまり何らかの興味を持たれたわけで,相手の興味に従った「立場」に自分を置けばいいのだ。そう、私が悩む「立場」というのは、「相手から見た自分」ということである。逆に考えれば,相手に「興味」を持てば話しかけるきっかけなど見つかるはずなので,私が苦手とするのは「相手に興味を持つ」ことそのものなのだ,と分かる。もちろん他人に興味が全くないわけではないのだが,自意識,つまり自分に対するこだわりが先に立ってしまうのである。早く言えばジコチューなのだ・・・。
●「立場」あるいは「役割」による自己規定はもちろん誰でも多かれ少なかれはあるだろう。話はずれるかもしれないが,サンバの衣装(特にタンガ)を着ると,ずいぶんと意識は変わると思う。サンバに関わりのない人は,あの衣装の写真など見せると「うわー,見ている方が照れちゃう,恥ずかしい」などと言う。今ダンサーとして活躍している人も,はじめはあんな衣装が自分に着れるとは思わなかった,という人もいるのではないか。しかしひとたび着てしまうと,その瞬間から「サンバダンサー」という立場,役割になり,日頃の自分とは違うものになるのである。
●そういう「立場」にあるとき,中途半端に恥ずかしがったりするとかえってみっともないことが多々ある。ダンサーは割に「変身」が徹底しているからそうでもないが,バテリアではときどき意識が「変身」し損なっている人がいるかもしれない。新人であろうがヘタクソであろうが,パレードにひとたび出たら,エンタテナーなのであるよ。沿道の人はほんとはダンサーしか見てないかもしれないが,意識としては自分が一身に注目を浴びている,自分がお客さんを楽しませている!ぐらいの気持ちで,誇らしげに,堂々と,笑顔で叩くべし! }

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