| 〜再びサンバ・メヒカーノのこと | 2001.4 | <おおゆみこサンバ化日記> |
●ブラジル凱旋組はすごいではないか。めくるめく体験の数々、高戸ひろみちゃんの書いているように「大好きだから、サンバの神様が」そういう体験をさせてくれたのだろう。ううむ。無意味に対抗意識を燃やした私は、先月ちらっと書いたメキシコのカーニバルの話をもう少ししてみようかな。 ●メキシコ湾に面した古い港町ベラクルスは、こじんまりとした、平和で陽気で、のんきな街だ。夜に女ひとりでうろうろしていても危なくないこの街で偶然出くわしたサンバチームに興味を持ち、2年後、みんながブラジルに行きたがるはずのカーニバルの時期に私は例によって天の邪鬼にもメキシコに出かけた。
前に出会ったときと同じ広場で彼らは練習していた。私はわざと目立つところで、音に合わせてサンバステップを踏み続けるという手段に出た。するともくろみ通り、チームの(数少ない)女の子が話しかけてきた。ジーナというその娘は、そのサンバチームの「ハイーニャ(女王)」で、私はまんまとその女王様の家に泊めてもらえることになった。
●そして先月も書いたように、どさくさに紛れて自分も本番に参加してしまったわけである。前回よりも私のス ●メキシコいちのカーニバルということで、パレード自体には、地元の企業などが出しているらしいサルサバンドを乗せた豪華なフロートもたくさん出るのだが、4つほどあったサンバチームはきわめて地味。どれも同じような規模(バテリア25人ぐらい、ダンサー20人ぐらい)。歌はなくてバテリアだけ、また、ダンサーはグループダンサーのみ。私が参加した「スーカル・マシャード」のグループダンサーはほとんど少年だった。そのころメキシコの少年たちの間では、「空手」とか「東京」とか漢字をあしらったハチマキが流行していて、パレードの時も揃って締めていた。でもしばしば漢字が逆さだっり裏返しだったり・・それは彼らが間違えているのではなく、製造工程で間違っているのである。彼らの衣装は白のサテンのシャツに黒ズボンで、それにハチマキなので、なんだか昔のアイドルグループのようだ。しかし他にはグループダンサーが全員ヒゲのおっちゃん、というようなチームもあり、それぞれ特色はあるようだ。成人女性のダンサーはほとんどいないのが不思議である。ジーナがハイーニャだと言ったが、それも踊るわけではなく、旗を持って歩くだけなのである。グループダンサーの振り付けもあまりサンバらしくない。サンバのダンスやビジュアルな部分で本場をマネしようという気はあまりないのかもしれない。
●バテリアの男性にはとくに決まった衣装がない。女性はショカーリョのみ(ポルテーラのようだ?)、コミサンのような役割も兼ねているらしく、先頭で揃った衣装を着ている。サテンで作ったチューブトップとスカート。色は黄土色とグレー・・・あ、いま突然気がついたが、これは彼ら的には「金と銀」のつもりだったのかも!せいいっぱい派手にしていたつもりかも。ハイーニャのジーナの衣装だけは別格だが、それでも少し光沢のある化繊で作ったワンピース水着風、という程度である。というふうに、見た目は地味だが、バテリアの音はけっこうシャープでかっこよかった。
●3日間のカーニバルで、パレードは3回行われる。メインパレードでは明るい海沿いの大通りをパレードするが、なんと往路だけで5時間! ちょっと休んで復路もまた5時間。ベラクルスは亜熱帯に近く、北半球の2月といえどかなり暑い。炎天下のパレードで、すっかりばてたが、むりやり出してもらっている手前、弱音も吐けない。
●メキシコいちのカーニバル、とはいえ、今思い出すと、その雰囲気はなんとなく「横浜港祭り」に似ている。でもこれは10年前のことである。考えてみると当時はリベルダージも規模的には大してかわりがなかったのだ。今はどうなっているだろう――また行ってみたくなってしまった。まったくもって天の邪鬼――でも私は「サンバ」そのものより、日本やらメキシコやら、本場ではないところで「サンバ大好き!」と言って懸命にやっている人々が、なんだか愛おしいし、興味が湧いてしまうのであった。
ペイン語に多少の進歩はあったので、実を言えばジレトール役の人が私のカイシャを聞いて「できてないよ」と言ったのは分かったのだが、分からないフリ〜〜〜(^_^;)(;-_-X;)。脳天気な若い子たちが面白がってなにやかやと面倒を見てくれて、彼らのおかげで参加させてもらうことになったのだが、幹部クラスの人が苦い顔をしていたのは知っているのだった…あああ、ゴメンナサイ〜〜。(ううう、なんとブラジル凱旋組と違うことだろう、対抗意識燃やしても惨敗は歴然だ)
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