〜喝采・そしてアジ演説〜    2000.8 <おおゆみこサンバ化日記>

●ただでさえ暑さに弱いというのに今年のこの猛暑、そして長年の不摂生がたたってどうやら自律神経失調気味ですっかり夏バテし、ぐったり、さらに追い討ちをかけるように再び三たびコンピュータクラッシュでハードディスク総とっかえ、ぐったり→∞・・・・・・・。 しかし捨てる神あれば拾う神あり、そのまんまサンバ化日記のネタにできるメールをいただいたのである。ご本人の許可ももらったので転載してしまうのだーーー。差出人は、リベルダージにもかつて遊びにきてくれたことがある大阪出身のIさん、現在はサンフランシスコにお住まいとのこと。

●「大阪のちっこいエスコーラでは,いつもダンサーとバテリアが意見が合わなくて,揉めてばかりでした。そんな私が,アメリカに来て,ティームの練習に参加して,まず驚いたのは,演奏が止まるたびにダンサーがバテリアに拍手するってことでした.最初何で拍手しているのか解らなかったんです。練習中に練習場の駐車場のおじさんが入ってきて,「おーい,緑のバンちょっとどけてくれ」って言って演奏が止まっても,やっぱり喝采する。  でしばらくして,それがダンサーからバテリアへの感謝と激励の気持ちを込めた喝采だと解ったとき,大阪の状況とのあまりの違いにちょっとショックでした。カーニバルの前の日の練習で,全て終了した後,まだ若い20代の黒人女性のレジーナがダンサーに向かって演説しているのを聞いた時にもやっぱり同じように感動しました.これがすごいカッコいい演説なんです。内容は,あなた達は良くやった,後は心をひとつに揃えるだけだ,とかそういう話なんですが,その中に,『私はあなた方がバテリアに感謝の気持ちをもって練習してきたのを知っている.そう我々は彼らと共にある.だが私は今もう一度あなた方に言う。バテリアに感謝しなさい,その気持ちはさら素晴らしい演奏となって帰ってくるだろう』 てなことを言うわけですよ。ご想像の通り,ゴスペルが似合いそうな,そう,テレビ伝道師のアジテーションとそっくりな口調で畳み掛ける様にやられると,キリスト教徒でない私も,その演説の内容の格調の高さと,独特のリズムに思わずクラッとなってしまいました。なんちゅう官能的な演説なんじゃ,みんなウルウルしてるに違いないと思って振り返って見回すと,みんなは慣れてるので,すっごいふつうに淡々と聞いてましたが.....」

●車をどけてくれ、で中断しても喝采、というあたりにちょっと「惰性」のムードを感じないでもないが(^_^;)、でもこのようにお互いに感謝の気持ちをもって、それを折に触れて表現していくというのは大事なことだと思う。例によって私はサンバチームのことなのに「人生と社会」を見てしまうのだが、「〜のせいでこうなった」と被害者意識を持つより、「〜のおかげでこうできる」という感謝の気持ちを持つ方が絶対に幸せになれるのである(「アンタの『おかげで』こうなっちゃったのよ!」なんつー用法もあるか)。感謝できる部分は探してでも感謝しなければね。・・とまたしても道徳の先生になってしまう私であった。
●リベルダージに遊びに来たときに、雰囲気の良さに好印象を持ったというIさんはさらに言う。「この社会性というか礼節や倫理というのは,人間生来のものというよりも,親/家族や地域などの身近な社会との関わりの中で身について行くような気がします。例えば私は,リベジにはリベジの文化があると思います。リベジのメンバーだって生まれたときからリベジの礼節を身につけていたわけではなくて,入ってから先輩達の行動をみたり,実際に活動する中で学んだりして,リベジ文化を学んで一人前のリベジメンバーになると思っています」・・・ちょっとこそばゆいとゆーか、「いやそんなおおげさな」って感じでもあるが、「そうであってほしい」気もする。ブラジルのエスコーラならまさしくそうなんだけどね。

●さてそれで「アジ演説」である。私は心に誓った。ちょうどマイクを持っているんだから、最終練習や本番スタート時に私は演説するぞ。ほかにも是非自分にもアピールさせろ!という方がいたら、どんどんマイクを渡すので遠慮なく演説してくれたまえ。よき「リベルダージ人」のために!

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