〜サンバな運命〜    1999.8 <おおゆみこサンバ化日記>

●思えば,13年前の浅草で私の人生は大転換してしまった。

●それまでもサンバをやりたいと思ってはいて,なにやかにやと探してはライブハウスに行ったり,パーカッション教室に参加したりしていたのだが。あの日,もうほとんどパレードも終わりかかっていたものの,浅草の駅から地上に出た私は,さながらゴスペル教会でのブルースブラザースであった。雷に打たれたかのように,一瞬にして身体中の血が沸騰し,「なんてこった,なんてこった」とつぶやきながら,バテリアを追いかけて(考えてみるとアレゴリアもダンサーも目に入っていなかった・・・)人混みをかき分けて行った。最後の方ではつぶやきは「来年は私もあっちだ,あっちで歩く,あっちに出る!」となっていた(本当に声に出して言っていたような気がする。ひとりだったので完全にアブナイヒトだったかも)。

●そして「あっちに出る」べく,私は早速翌日に浅草の実行委員会に電話をかけ,一般の人が参加できるグループを教えてくれ,と尋ねた。その年はクルゼイロが優勝していた。実行委員会はそのクルゼイロと,イパネマチームとを紹介してくれたのだが,優勝したチームに入るのはおそれ多い,と初めはイパネマに連絡した。しかしここは「お客さんたちが盛り上がって出る,ってグループなんで,教えたりできない」と言うので,とりあえずはクルゼイロに参加したのであった。

●初めは私の眼中にはスルドしかなかった。気の散りやすい私なのだが,このときばかりはスルドに猪突猛進状態だった。3年間わき目もふらず「生涯いちスルド!」とまで宣言したのだが,宣言した翌年からなぜかダンサーになってしまった(^_^;)。そうこうしているうちに諸事情でクルゼイロが分裂してリベルダージができた。その2年目からなにげに歌を歌い始め,現在に至るのである。今でこそ偉そうに歌っているが,昔はカラオケですら苦手だった自分,歌うヒトになろうとは夢にも思わなかった。

●サンバ人生そのものも有為転変したが,サンバ以外の部分の人生も相当に転変した。その転変の多くが,間接直接に「サンバのせい」とも言えてしまう。まあ,まだ人生が終わったわけではないので最終評価は下せないが,今までのところ,まあ傍目から見ればマイナスの要素と見えることも(バツイチとかビンボーとか),なるべくしてなった,と思えてそれほどネガティブには感じない。基本的には「これでいいのだ!」とバカボンのパパ化している。少なくとも,よき仲間たちとともに,手応えのあることをやれている人生。よいではないか。

●サンバに出会わなかったらどうなっていたか,リベルダージでなかったらどうだったかなどとも考える。人生の選択の分岐点を思い起こしてみる。逆に辿ってみる。・・・・・でも,どこをどうたどっても,ひょっとすると結局はここに来ているのではないか,とも思える。岐れ道と見えていても,結局同じ道に出てくるだけだったのでは? たとえば,昔,会社勤めしていたとき,新しいシゴトに誘われたことがある。断ってしまったのだが,それは「下町ライブ委員会」の事務局・・・つまり浅草サンバを創始した母胎である。そのときはサンバカーニバルの話は出ていなかったが,もしもこのシゴトを受けていれば「実行委員会」の側に回っていたわけだ。それでもきっと間もなく「演ずる側」になったことだろう。また,あのときイパネマに参加していたら? そう,結局リベルダージに来たはずだ。ね,藤井さん? 

●13年前に大転換した,と始めに書いたが,実は結局,辿るべき道を順当に辿っていたにすぎないのかもしれない。それでも,ただずるずると来ただけでなく,「これだ!これよ!私の人生はこれなのよ!」と血のわき上がる思いを一瞬でも経験できたことは素晴らしかったと思っている。さあ,今年の浅草の沿道にも,いると思うよ,サンバな運命を持った仲間が!彼らに自分のゆくべき道を思い出させてあげようではないか!

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