〜三つ子の魂〜    1999.6 <おおゆみこサンバ化日記>

●数ヶ月前,「人様に笑われる人になりたい」と書いた。「なりたい」であるから,「現在はそうではない」という前提で書いたのだが,その後,「もうすでにそうではないか」という指摘が相次いだ。そうだったのか。・・・喜ばしいことである。しかしその指摘された各事象の「笑われ度」は,まあせいぜい「梅」か,へたすると「スカ」であり,よって私という人間の「笑われる人間」としてのランクもせいぜいB級であろう,とまだ謙遜している。もっと精進しなければ。

●だからどちらにしても威張れた話ではないのだが,数ある笑われる事象,すなわちドジやボケのなかで,私に特に多いのが「忘れ物」なのである。荷物が,大小には関わらず何かの加減で3個以上になった場合,その3個目の荷物が最後まで私についてきてくれる可能性は極めて低い。イベントなどがあり,不可抗力で荷物が多くなった場合など,たいていの場合は翌日あたりに,忘れていった荷物を求めてまた同じ町へはるばるとゆく私の姿が目撃されるであろう。日本の治安の良さはまことに感謝すべきで,それでも完全に荷物が失われることはない。細かいものを忘れるというより,バッグなどの荷物をまるごと置いてきてしまうので,かえって紛失しにくいのだろうが,それをとっておいてくれた人にはたいがい呆れられる。(もちろん,忘れ物,だけでなく「モノ忘れ」も激しい。一日に3つ以上の用事を言われても,3つ目はだいたい忘れてしまう)

●私はこれは,歳のせいでもあり,酒のせいでもあると思っていた。知る人ぞ知る優等生であった私である(いばりんっ)。だから,「神童」だったのにハタチすぎてただの人になり,その後転落し続け,と信じていた。それはサンバのせいでもあるか,とすら思っていた。

●ところが,先日なぜか突然,中学の同窓会とやらがあり,いいオジサンオバサンになったかつての少年少女が集まったのだが,そのとき「ゆみちゃんと私って,『忘れ物大王』って言われてたんだよね〜〜」とある女の子に言われて驚愕した。まったく記憶にございません。(ついでに言うと,『実は私,あのころ○○くんに片思いしてたんだよね〜〜』と「いまだから言えるけど」のつもりの告白をしたら,『そんなの学年中の人が知ってたよ,あんた自分で触れ回ってたじゃないの』と言われた。おやあ?)

●そうだったのか。そういえば前々号で書いたが「勘が悪いくせにせっかち」ってのは,別の言葉で言えば「おっちょこちょい」ってことではないか。すると私は「笑われる人」になる実践を早くも幼少の頃からしていたわけである(その当時はどちらかというと「叱られる人」であったが)。素晴らしい。それでもまだB級笑われ人だ,厳しい世界である。

●さて,数年前のことである。忘れ物の多さをさすがに自覚して,絶対になくしてはならないと思われた荷物に,私は名前と連絡先を書いた。フツーはそんなものは,「念のため」であるから,よく見れば見つかるような場所に,普通の大きさの字で書いておけばいいようなものである。しかし私は何を思ったのか,松田聖子が再婚したときのスポーツ紙の見出しぐらいの大きさの字で,白い紙バッグの表面に自分のフルネームと電話番号をデカデカと麗々しく書いて,ブラさげて歩いていたのである。

●するとある夜中。電話がかかってきた。「あのう,藤岡由美子さんですか・・」「はいそうです」「あの〜〜,僕とつきあってくれませんか」「・・・・?あんた誰?」「あのう,先日電車の中でお見かけして・・・」「それでなんで電話と名前がわかるわけ?!・・・・・・あっ・・・・・」

●電話のかかってきた時間は夜中の2時過ぎだったし,ちょっとエッチなことも口走ったりする相手だったので,「まじめに私を見初めた」わけではなく,いたずら系あわよくば系,の電話なのである。このように,荷物に大きく名前を書くのは賢い方法でないことが分かったのでそれ以来やっていない。代わりに,小学一年生のように持ち物にいちいち連絡先と似顔絵入りのシールを貼っている。これが役立つ場面が相変わらず大変多いのである,というのは別に喜ばしくも何ともない。

●どうも「編集長のサンバ化日記」から「サン」の文字が消えつつあるように思う今日このごろ。

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