| 〜あなたはスルドです〜 | 1999.11 | <おおゆみこサンバ化日記> |
●「どっちかというと」という言葉をつければ、おおかたの人間はなんらかの指標で2分類できるものである。「どっちかといえば酒が好き」vs「どっちかといえば好きでない」とか、「どちらかというとせっかち」vs「どちらかというとのんびり」などなど。
●ちまたで「動物占い」とやらが流行っているのはもうご存じの方が多いだろう。これはけっこう面白い。陰陽五行をもとに動物のキャラクターをあてはめたというが、「当たってる」と大評判である。生年月日で占う。占い、というよりは性格分析、であるが。「たぬき」だった直ちゃん、「たぬき」の性格の記述を見るとすばり「天然ボケ」・・・・。私は「ひつじ」であるが「相談されるのが好き」・・その通りだ。そのほかにも「ぴったり〜〜」と思える人々がたくさんいて、リベジでも大ブームである。しかし木皿儀さんは「コアラ」で、「せかせかするのが大嫌いなノンビリや」
・・・絶対違う!だが「動物占い」が当たらない、とは思わない。「木皿儀さん、きっと誕生日が本当は違うんだよ、間違って覚えているとか、なんかの都合で実際と違う日を届け出たとかさ」
●もちろん一種の遊びだからめくじらたてることはない。この種の「占い」(というか性格分析)が嫌いな人は、よく「人間がぜんぶ○種類に分類されるわけない」とおっしゃるが、先に述べたように、基準さえ決めれば人間は2分割できる。その基準を組み合わせれば膨大な数になるわけで、やはり人間は50億種類いるのに違いない。「ひつじで魚座でA型で六白金星で戌年で」と分ければみんな違ってくる・・(あ、しかしほとんど生年月日に準拠してるんだ・・・・ちょっと論理破綻?)
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●まあヒトは、アイデンティティを求めるべく、人と違っていたいし、また同時に同類を求めたりする。ある特徴をもって他とは区別された「集団」に帰属していたい、というのがかなり本質的なヒトの欲求なのだろう。いわゆる「占い」に限らず、国民性や県民性が話題になるのもそのせいだ。「私はひつじだから」これこれこうなんだ、というのもちょっと楽しい(&オカしい)ものである。
●新聞のコラムであるユーモアエッセイストが動物占いのことに触れて「『あなたはたぬきですね』と面と向かって言われてめんくらった。でも動物占いでまだよかった。音楽占いだったらどうか。『あなたは譜面台ですね』と言われた人の悲しみを少しは理解したらどうだ。工事現場占いはどうだ。『あなたは足場です』・・人を支えるのが役割
だ、とでも解釈するしかないか」などと書いていた(^_^;)。
●サンバ占いだったら?誕生日から割り出して『あなたはスルドです。縁の下の力持ちですが声が大きくてうるさい』『あなたはタンボリンです。動きが素早く、器用に物事をこなしますが甲高い声でやかましい』物静かなヒト、は居なさそうである。
●しかし冗談はともあれ、自分が選ぶパートによってある程度の性格判断めいたものはできるかもしれない。昔ブラスバンド部だったころそういう話で盛り上がった。同じ金管楽器でもトランペットを選ぶ人は陽気なめだちたがり屋、トロンボーンなら親分肌で面倒見がいい、とか。サンバの各パートにも何かそういうことは言えるのでは?
●しかし、各パートという、「他とは違う特徴をもった集団」が、その特徴を活かしつつ、すなわち役割をはたしつつ、かつそれらが組み合わさってもっと大きな「ひとつのもの」ができる、という構図(サンバビビンバ説by金沢?)に、私はけっこういつも感動してしまう。むろんサンバに限ったことではないのだが、そういうのを実感するときが、おおげさだが社会に生きていることの喜びとでも言おうか。それも「群れたがるひつじ」の性格ゆえの感慨かなあ。
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